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<strong>我らが希望の灯台はやがて角灯の火になり、すべての差異を均すだろう。</strong> == 最初に見れば良いページ== * [[what_is_continuism|継続主義とは何か?]] * [[how_will_it_to_be_achieved?|現在の継続主義における取り組み・及び方法論として目指すもの]] * [[critique_to_modern_civilization|現代文明の"偽の現代"としての批判論と、"真の現代"を目指す方法論]] == About == === What is this site about ? === このサイト「Out of Context」は継続主義。あえて要約するなら「メタ認知的な二重思考による、真の現代の実現」を目指す、要はプロパガンダのサイトです。<br> メタ認知的な二重思考は、ちょうど例えるなら「このサイトはプロパガンダだが、同時に真実を語っている。しかし、プロパガンダでもあるから注意して読まねばならない」とする。そんな姿勢の事です。 === So why does this site needed ? === 人口統計としての継続主義ができる人間。つまり、継続主義を信じるかどうか?は別として、「意志があり、知能があり、かつ個人に留まるのではなくむしろ社会的なネットワークを、意志と知能を保ちながらも構築しているか?」を満たす人間。「WIP (Will Intelligent Population)」を<br> ・集める<br> ・育てる<br> ・組織化する<br> これらを目指すために、このサイトは運営されています。 (だから、集中力を奪うような広告類は配置されていない。) <strong>WIP (Will Intelligent Population)</strong>。つまり「意志があり、知能もある人々の、単に個人ではなくむしろネットワークとしての人口統計的な"量を兼ね備えた質"」は、例えば産業革命以降における科学者と技術者のように文明を進める原動力だったし、本来なら現代文明を作るためにもこのWIPの「密度」と「濃度」、そして「規模」は必要不可欠である。はずでした。 しかし、現代文明では[[critique_to_modern_civilization|このページ]]で記述されるように、WIPは薄く広く配置され、WIP一人一人の能力開発も疎かであって、しかも人数としての規模自体そもそも減少しています。(負のフリン効果に代表され、現代における国際的な一次・二次産業の衰退に象徴されるように。)<br> この現象自体は、そもそも情報も熱力学と同じように散逸するものなので、明確に抗おうとしない限り自然とWIPは減少するし、何より一度始まった縮退を途中で止めることは極めて困難です。不可能かもしれません。しかし、必要なのです。地球の資源量は、明らかに人類に二度目のチャンスを与えないからです。 そもそも、人類文明は「拡大を前提にした"炉"の文明」。つまり二次元的な"葉"と違って、エネルギーを一点に集中させることで差額からエネルギーを得る。というシステムである以上、拡大を前提とした文明を形成せざるを得ません。<br> より微視的に見ても、単に採掘技術が進歩し続けなければいま掘れる資源は無くなるし、いちど技術が後退し始めればすぐに人類は資源不足に陥ります。そして、技術の進歩に限らず、より一般化された文明の進歩には(当然ながら)WIPの拡大が先んじて必要になります。 === Isn't it just a meritocracy ? === 短期的にはメリトクラシー。つまり「能力主義に基づいたエリート主義」の様相を限定的に呈するのは避けられません。しかし、ずっと能力主義を採用し続けるのが我々のやりたい事では断じてありません。<br> そもそも"平等"とは何でしょうか?機会の均等?成果の均等?必要に基づく受け取り?どれも正しいですが、どれも少しずつズレています。<br> 実際の所、全ての平等を保障するのは能力であり、能力がない集団は単に飢えて死に絶えるのみです。。能力のある集団だけ残しても別の理由で死に絶える事は斯くにも及ばないが、実際の所真の平等とは「能力における平等」であって、パンが足りないならパンを自分で作れる能力を持たせる事と言えます。 第一次大戦において、機関銃はどんなに高貴な身分であろうと、あるいはどんなに卑しい身分でも、平等に殺す事ができました。工場労働では技術者でもない限りどんな人間も二本の手がある労働ユニットの一つに過ぎませんでした。現代における身分の平等を生んだのは公民権運動だろうが女性の人権だろうが結局は「戦争の副産物」であり、真の意味で能力における平等を達成できない限りは「我々は平等である」と宣うのは単なる虚言か過度な理想主義的妄想に過ぎません。 生産手段の確保という意味で社会主義は多少いい線を行っていましたが、結局は能力の末端・表出に過ぎない成果に固執する事はあまり賢くない。 とはいえ、当然ながら能力自体を作ることはとてもじゃないが簡単な事ではありません。だからこそ、我々はその過渡期においてはエリート主義を採用せざるを得ないし、それでも段階的には卒業し拒絶すべきと言えます。 === So are we all foolish ? === そして、驚くべき事にここまで読み進めたか、あるいは単に途中で読むのをやめてしまった人々は、ほぼ間違いなく異論を持っているか、さもなくば誤解する事を通じて自分と同じ意見だと思い込んでいるでしょう。<br> 異論が出るのは当然です。なぜなら我々全員は愚かだから。 ある集団においてもし異論がまったく出ない・もしくは出るにしてもすぐに否定されるような環境があるなら、ほぼ間違いなく不健全な言論空間だと言えます。当然ながら言語は不完全な道具であり、故に間違った事を言う事も簡単だし、むしろ間違っている事を正しいかのように文法上組み立てる事も容易です。<br> 単に議論をして精度を上げよう。などと言うつもりもないです。が、証明すべき。<br> 言語はシンボル表現として、共有の道具としてはそんなに悪い道具でもありません。見てわかる画像だとか実物といったモノで表現するならさらに伝わりやすい。当然どんな媒体でも一定の情報損失は生まれるが、我々の脳ですら多少の情報損失なら個々人で修正・補完できるでしょう。証明も反証も不可能な事実にいかなる価値もありはしないし、同時に証明や反証ができる主張ならば、少なくとも一時的に信じる仮説としては比較的優秀な部類として入る事ができます。 また、何より重要な指針として、諦めてはいけません。<br> 確かに我々は情報的に死よりも深い溝で隔てられています。しかし、だからこそ共有できる情報には、たとえそれが嘘や間違いであっても価値がある。もし共有できた情報が事実であり本当なら、もっと価値がある。我々は愚かです。この事実を如何様に取ろうと世界に何も影響を及ぼすことはありませんが、少なくとも我々は既知の存在の中ではかなり賢い方だし、しかも自己改善能力という稀有な能力を持っている以上、もっと賢くなることができる幸運な存在と言えます。 異論が出るのは当然で、なぜなら我々全員は愚かだから。故に、我々は異論を出す事でより優れた決断をできるようになるのです。
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